大判例

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福岡高等裁判所 平成10年(う)259号 判決

1 原判決挙示の関係各証拠及び当審における事実取調の結果によれば,次の事実が認められる。

(1) 被告人及びその実兄であるAは,同人らの異母兄で殺人等で服役したことのあるXから父親の財産の分配を請求され,土地建物を売却してその代金の中から1,000万円を支払う旨約束したものの,すぐに買い手がつかず,Xから1,000万円を支払うように強硬に求められ,さもないと被告人やA及びその家族を皆殺しにしてしまうなどと脅されていたものであるところ,平成9年5月9日朝,電話で,Xから両親ともども来るように言われ,同日午前11時ころ,被告人とAは両親を伴ってX方に赴いた。

(2) Xは,被告人らが到着するや,すぐさま台所から牛刀(刃体の長さ約18.4センチメートル)及び柳刃包丁(刃渡り約22.2センチメートル)を持ち出し,両手に一本ずつ握って,被告人に対し,「ぬしゃ,俺がほんなこつ打ち殺しきらんて思うとっとか。」などと怒鳴りながら,被告人目掛けて2本の包丁を交互に突き立てるなどし,被告人は金属製の菓子箱を拾い上げて盾がわりにして後ずさりしながら必死にこれをかわし,隙をみてXの両手首をそれぞれ両手で掴み,その状態でしばらくもみ合った。Aは,Xが台所から包丁を取り出したのを見て,このような場面を想定して予め用意していた特殊警棒及びスタンガンを自分たちが乗ってきた自動車内から持ち出し,被告人ともみ合っていたXの背後から特殊警棒でその首筋目掛けて1回殴打し,更にXの背後から左腕をその首に回し,右手に持ったスタンガンを首筋に押し付けてスイッチを入れて放電することを繰り返したところ,Xは,崩れるように倒れ,右側を下にして横になり,被告人もXの両手首を掴んだまま跪く格好になった。

(3) Xは倒れた時には既に右手の柳刃包丁を手放しており,これに気付いた被告人は,Xの右手から自己の左手を離し,その手で牛刀を握っていたXの左手の拳を包むようにして握り,両手でXの左腕を逆手に捻るようにしたので牛刀の刃先はXの体の方に向きを変えた。その間,Aは倒れたXの肩付近を左手で押さえ込みながら,右手に持ったスタンガンをXの首筋や腕に押しあてて放電を繰り返した。これに対してXは,「何すっとか。」などと怒鳴りながら足を動かしたり腰を捻ったりしていた。

(4) Aは,XがしばしばA等に家族共々打ち殺すなどと言っていた上,今回も包丁で突きかかってきたことから,このままXを生かしておけば自分達が本当に殺されてしまう,そうなる前にXを殺害するほかはないと考えて,Xの殺害を決意し,被告人に対し,「早よ刺せ。ここで殺さんと,この次は必ず殺さるっぞ。」などと申し向けると,被告人は,「どうして自分達は,こがん目に遭わなんとですか。どうしてですか。」などとXに向かって泣きわめき,Aに「兄貴も一緒にするぞ。」と呼応し,ここに両名共同して,被告人が両手で握っていた牛刀にAが右手を添え,二人して力を込めて上方から下方へ右牛刀を押し下げてXの左脇腹に突き刺し,これによりXは横になったまま殆ど動かなくなった。被告人がXの側で呆然としている時,AはXのせいで人生を台無しにされたと感じて鬱憤がこみ上げ,隣室にあった鉄アレイを持ち出し,「お前のごたっとは死んでしまえ。」と言いながらXの左後頭部を2回殴打した。

(5) 被告人は,同日午前11時4分ころ,110番通報をし,「義兄を殺した」旨告げ,その後隣家の電話を借りて119番通報をした。

(6) 牛刀は,Xの左脇腹のやや背中側から身体の中心方向に向けて峰を頭部方向,刃を足部方向にして刃体が全没するくらいまで刺し込まれ,刃先は肋軟骨を切断して腹部側方に入り胃の後ろを通って体の中心部まで達し,刺創口の長さは約5センチメートル,深さは約18センチメートルであり,右刺突のため腹部刺創,横行結腸及び空腸損傷の傷害が生じ,また,Aのした鉄アレイによる殴打により,頭部打撲挫創,頭蓋骨骨折,外傷性くも膜下出血,脳挫傷の傷害が生じたが,Xは奇跡的に死を免れて殺人行為は未遂に終わった。

2 弁護人らの所論は,要するに,原判決は,被告人がAとともにXを刺突した時点では,Xはスタンガンの影響で身体の自由を失った状態に陥って,牛刀はXの手から離れて被告人が把持するに至っているものと認められるから,急迫不正の侵害は止んでいたと判断し,正当防衝,過剰防衛等の成立を否定したが,急迫不正の侵害が止んでいたと判断したのは事実誤認であり,被告人が行った行為は,Xの握っている包丁の刃先をそのままXに向けただけであり,防衛行為として相当なものであるから正当防衛が成立し,仮にそうでないとしても過剰防衛の成立を認めるべきであって,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

そこで検討するに,Xは,Aに押さえ込まれながらも左手に牛刀を握り,「何すっとか。」などと怒鳴りながら足を動かしたり腰を捻ったりして抵抗していたものであって,被告人らが牛刀で刺突行為に及んだ時点においてXによる急迫不正の侵害は一時頓挫してはいたもののそれが止んでいたとは認め難い。しかして,被告人とAは,Xの日頃の言動,同人に殺人罪の前科があること,更には事件当日の行動などから,このまま推移すれば必ずや自分達が殺されるものと考え,それを防ぐために殺意をもってXの左脇腹を牛刀で刺突し,更にその直後Aにおいて憤怒の余りXの左後頭部を鉄アレイで殴打したことが認められるのであって,これらを全体的に観察すると,殺意をもってXの左脇腹を牛刀で刺突し,左後頭部を鉄アレイで殴打するなどした行為は,なお防衛意思を失ったものといえず,ただ,被告人とAに二人がかりで押さえ込まれ,身体能力を大幅に制限された状態にある者に対する防衛行為として相当なものとはいえないから,防衛行為としては過剰であったといわざるをえない。

以上によれば,被告人とAのXに対する牛刀での刺突行為は過剰防衛に該当するという限りで,論旨は理由があり,原判決は過剰防衛行為を認めなかった点において事実誤認があるといわざるを得ない。しなしながら,既述の犯行当時の状況からすれば,Xを殺害しなければ被告人の身が危なかったとまではいえず,被告人やAらのした所為中にはかなりの程度将来に向け禍根を断つという意図が介在していると認められること等を考慮すると,本件は行為の相当性の程度を大きく外れていたというほかないから,過剰防衛が成立するとしても被告人に対し刑の免除をするのが相当な事案とはいえず,既に原判決は,未遂及び自首に基づき法律上の減軽をしており,過剰防衛という刑の任意的減軽事由が更に一つ加わったからといって処断刑の範囲に変わりはなく,更に,原判決は本件犯行が被害者の執拗かつ過激な攻撃に対する正当な反撃行為に端を発したものであることなどの犯情を考慮して酌量減軽した処断刑の範囲内で刑の量定をしている(懲役1年,執行猶予3年)ことにかんがみると,右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められず,事実誤認を理由に原判決を破棄すべきものとはいい難い。

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